vol,1  真夏の夢  トンネル

 「今度マスターも行ってみる。」

 
 「うん、そうだね。」

 
 まだ、早い時間の、BAR “R″ のカウンターだった。

 
 他の客が誰もいないのをいい事に、常連のサトル君と話しこんでいたマスターのT
だった。
 サトル君は、甘いマスクで実に気のいい今時の若者なのだがなぜか

  いっこうに女には縁がない。 女心は男には、理解できないのは仕方がないのだが、
 ルックスもハートもいい男に限って一向にもてないのは、よく見る光景だ。
 
 サトル君はいつも1人で行動し、アウトドアで健康的に陽に焼けるよりも、
部屋で物思いに
 耽っているそっちのタイプだ。 2人共、オカルト、超常現象の類の
話題が好きで,つい奇妙な
 話に花が咲いてしまう。

 サトル君は、線が細いが妙に
 性根が座っているのをマスターは見逃さない。

 幽霊が出没するので、有名な公園の駐車場で1晩夜を明かした事があるらしくて自分では
 とてもゴメンこうむりたい。

 今夜もそんな話が延々と2人で続いていた。
地元での怪しいスポット話、体験談、
 そんな話でお互いに花が咲いていた夜だった。

  

  「マスター、A山のトンネルもいい味出してるよね。」  

 

  「A山? あそこにトンネルなんかあった?」


 「誰が何の為に、掘ったのかよく判らんトンネルがあってね。車のよく通る通りから

 少し入った所にあるのだけどね。 距離はわりと短いんだけども、歩いて抜けて、

 しばらく地道を歩くとその山のふもとの駐車場にでる。 そこから山頂へと続く

 登山遊歩道の入口がある。 一応そこが行き止まりになっていて、よく見ると

 もっと先へと回り込むような地道が続いている。しばらくそのまま進むと、

 なぜか、こじんまりとした運動場のような所に出るんだ。」

 「確かに何の為のトンネルなのか? おそらく戦争の時何らかの目的があったのかも。
 それで、その運動場って?」


 「うん。それがこれまた不思議なんだけど、小さなバックネットなんかがあって

 簡単な野球でもできそうに、いやに整備されている。その道をそのまま過ぎて

 まだしばらく歩いて行くと今度は古びた鉄筋の建物がいくつも並んでいる敷地に

 入っていく。 3階か4階建ての建物であまり人の気配もない。


  マスター、そこは一体なんだと思う?」


 「何なの?」 


 「精神病院なんだよ。 トンネルや運動場からはそこにしかいけない。

 おそらくそこは軽度の患者さん達なんかが軽い運動か、リクレェーションに

 使うのじゃないかな。」


 「ふ−ん。そのトンネルを造った目的なんか知る由もないけども、確かに妙な所だね。
 ところで、サトル君、そこで何かあったの?」 


 「よくぞ聞いてくれました。オカルト冒険家の僕としては、ほおってはおけなくて、

 友人2人を無理に引っ張って行って来ましたよ、真夜中に。・・・


 トンネルの入口に車を置いて、懐中電灯の明かりだけを頼りに。

 それまでブツブツ言ってた奴も覚悟を決めたらしく急に無言になって男3人で

 もくもくとトンネル内を進みました。


 上からシトシトと水滴が落ちる音だけで後は何も聞こえない沈黙の世界でした・・・

パッパッと不気味に点いたり消えたりする青白い蛍光灯の灯りの中を3人で

 前へ前へと進んでいき、丁度真ん中あたりを少し過ぎたあたりだったかな。


 ふぅと誰かに顔を撫でられた気がしたんです。『変だな』と一瞬思うと

 今度は生温い息をかけられた感じがした。
 気のせいかな?でも気にしないで
おこうと、先を急ごうと思った矢先、
 今度は耳がつーんとしてきたんですよ。」

「フンフン」 


 「例えば車や電車で標高の高い山奥のトンネル内で鼓膜がおかしくなる、あんな

 感じかな。 すると案の定何も聞こえなくなった。一気に不安になってきた。

 
 我に帰れば真夜中の、いわく因縁ありげなトンネルの中で3人の男の無音状態って

 状況ってのに! 


 それまでまったく気にもしなかったのに、急に震えがきて止まらない・・・。


 で、隣の友人はとそいつの顔を見て、僕、思わず腰が抜けそうになりました。

 今まで、1事も声を発してないのに、いつの間にか両目を思いっきり見開いて暗闇を

 凝視しているんです。

 
 『なに?』 

 と思いもう
1人、後ろをついてきた奴の方を振り向いて、懐中電灯
の明かりで照らして見た。 

 そしたらそいつの方は、虚ろな目でこっちを見ながら口を開けて
へらへらと笑っていた ・・・


                                                 つづく

 

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  vol.2 洞穴のアジト

 


 

  「お前ら、一体どうしたんだよぉ?」


 と叫んだつもりなんだけども自分の声がこもった感じでまったく聞こえない。

  2人共まったくなんの反応もなくて、ただ僕の顔をぼんやりと見るばかりで・・・

 あんな怖い思い生まれて初めてでしたよ。」


 「そりゃ怖かっただろうよ。 それからどうしたの?」


  サトル君は、BOURBONのソーダ割りをごくりと飲み,少しの間を置く。
  いい所で焦らす所がこんな話をし慣れている者の特長だ。

 「もう一目散で1人、トンで帰りました。 思いっきり走って今来た道を戻り、

  入り口に置いていた車を全開にして家まで帰り、すぐベッドにもぐり込みました。
  その晩は一気に
寝ちゃいましたよ。」

  
  「それは良いけども、後の
2人はどうしたんだよ?」


  
  「あの時はもうそんな余裕なんか僕にはなくて・・・・
  次の日
2人に逢って訊いたんですが、
あいつら、トンネルの半ばからはっきりとした
  記憶がなくなったんですって。

  トンネルの中で、しばらくボーとしていて、気が着くと2人共来た道を戻ったそうで・・・


  乗ってきた車もないし、僕に置き去りにされたのもしばらく経ってから
実感したみたい。
  その夜は、トボトボと
2人共家まで歩いて帰ったそうです。


  『お前いい加減にしろよな』 


  散々文句二人からを言われ、高い晩飯おごらされちゃいましたよ。」

  

  「ふーん。」


  
  やっぱりサトル君は変な奴だったんだな。  
  ここ
1番度胸があるというべきか、
  いやにドライなだけな奴か。

  しばらく考えていると店が立て込んできた。

  
   「いらっしゃいませ。」

 
  それからは訪れた客達で、その話はそれまでとなった。

 
  夜も更けた時間。 客が引けた店内でマスターは
1人,サトル君の話を思い出していた。



   『秋谷山か・・』 

  地元だからマスター自身も若干そこにはいくつか思い出がある。確か、小学校低学年の頃に

  その山の市民プールがオープンし、夏休みによく家族や友達と泳ぎに行ったものだ。

 
  夏休み中は、ほぼ毎日の様に通った。


  夏の陽射し、明るいざわめき、水しぶきなどの思い出が色濃く残っている。

 ひとしきり泳いだ後の、テントを張ったクルマで売っていたホットドックは格別だった。

  しかしそんな陽気な思い出ばかりでもなかった。


  そのプールへは、長い階段を延々と上っていきやっと入口に辿り着ける。

  子供の足では相当辛かった記憶があるが、後からの楽しい水遊びが待っていると

  思うと、これも我慢、我慢と辛抱し額から汗を垂らしながら登ったものだ。 


  ゴッタがえしている自転車置き場で、自分の乗って来た自転車の置き場を探していると、
  もう少し奥
に山の壁面の岩肌がのぞいている所がある。そこのもう少し上の方を
  見ると怪しげな洞穴の入り口ぽっかりとある。 魔界への入り口を思わせるように・・


   
   何となく誰もがみんな気づいている筈なのになぜか、誰も口に出さず寄り付きも
しない。

  少し年月が経ち、学校で悪友達とそんな話題になり、その洞穴に探検に
行く事になった。
  学校の帰りに3〜4人で、自転車で乗り付け持参した懐中電灯を
持ち、恐る恐る分け入った。

  入口は狭いが、中へ入りしばらく先へ進んで行くと思いがけず広い空間に出くわした。
  目が慣れてくると何となく居心地がいい。 自分たちの秘密の基地としてはピッタリだ。

 
  やがて慣れてくると友人達の間でいいアジトとなった。

  お菓子や漫画、トランプ等が 持ち込まれて
学校帰りに 

  
   「いつもの所な!」 

  という感じで段々にその“洞穴 はみんなに慣れ親しんでいった。


 後で思えば戦時中の防空壕だったのだろうか。

 
  そんなある日,授業が終わり

  「いつもの所でな」

  友達に声を掛けて、みんなより一足先に潜り込んでいた。
  その頃には
すっかりと定番になった 漫画と お菓子と 懐中電灯。

  
いつも通り、自分の所定の場所に灯りを照らし座り込んで
くつろいでいた・・・ 

  子供の事だから最初は無邪気に何となく過ごしていた。

  しかし待てど暮らせど友達はやって来ない。 時間だけがやたら過ぎていく。
 
  段々と暗闇の中の自分
1人の状態に
ふと我に返ってくる。
  何となくまだ奥へとつながっている暗闇に目を向けてみる。
  ここから先へとはまだまだ続いていそうだがそこまでは誰も入った事がない。

   今まで気にも留めなかった奥の暗闇が段々に気になってくる。

 
  そこからまだどこまでも続いていそうな暗闇をぼんやりと凝視していると、自分が
  その闇の中に吸い込まれていくような錯覚。
  
  それか今にも奥から見た事もない魔物がぬっと現れてこっちに向かい這いでてきそうな・・

 ほんの少しの光るものでも気になりだし、言いようのない不安感に押しつぶされそうになる。
  こっちが目をそらせばサッと隠れ、視線を漫画に向けるといつの間にか
こっちをジッと
  覗っているような気がする。

 
  パチンと頭の中がはじけると、居ても立ってもいられず、持って来た物を
  ひとまとめにすると早々に、
 服の汚れも膝が擦り切れるのも、もろともせず、
  明るい陽射しの下界へと這いずり出た。


  自転車でとっとと早く家に帰ろうとするのと、遅れてやって来た友達と鉢合わせした。

  
  「ごめん,ごめん 遅くなって。」  「もういいよ。いいから帰る!」


  あれ以来その“洞穴”には誰も寄り付かなくなった。

 
  何年間が過ぎて、久しぶりに前を通る機会があり見てみると,
入り口には鎖をし、
  もう中には誰も入れなくなっていた。 思えば昔の事だから、それで済んでいたが、
  今ならもしそこで子供が事故にでもなれば大問題になる所だろう。


 そこでもう一つあの山の事で別な話を来店した客から聞いた事があるのを思い出した。

 
 
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  vol.3 蟲の仕掛け



  

  例の山はその当時の市民プール開きの頃に頂上までの登山遊歩道が完成して 『憩いの山』として
  
整備された。 確か、フィールドアスチックめいた所もあった気がする。

  
  裏に上へと続く登山道の入り口があり、見晴らしのいい頂上にはモニュメントがあった。

 
  道中にベンチがあったりと、とてもいい所だったそうだ。

  
  その客人が子供の頃の夏休みの時に近所のみんなと早朝、遊びに登ったそうだ。
  前の晩にカブトムシを捕る仕掛けをしておき、それの様子を見に行ったらしい。

  
  網や虫かごを持ち、わいわいと登っていくと、山の中腹辺り、途中の道筋沿いから少し入った
  所の木に何か ぶらりと垂れ下がっている・・・

  
  子供の事だから、無邪気になんだろうと大勢で傍まで近寄ると、まだ、そう時間も
  経過していない中年男の首吊り死体だったそうだ・・・

 
  強烈な臭気を辺りに放ち、何よりも記憶に残っていたのは、伸びきった首、

   顔面の目、鼻、口、それらから下に垂れ落ちている粘液に群がっている無数の蟲達。

  
   それらが大きな黒々とした塊りの様にブ〜ンブ〜ンと音をたて仏さんの顔一面を覆っている。

   
   その蟲の中に中にカブトムシがいたかどうかは・・・

  
  それ以来、そこでの自殺者が相次いでいつの間にか閉鎖されたらしい。

  
  夏の陽ざしの中、友人達と水しぶきを上げての水遊び。

  
  薄気味悪い怪談話
.

  
  陽と陰とが表裏一体の不思議な山だ。

  
  そこに正体不明なトンネルがあったとはまったく知らなかった。

  誰もいない店内で1人、マスターは思い起こしていた。

      

  「ちょっと行ってみるか。」 

  
  店の休日に、1人でぶらりと出かけるのが、いつの間にかマスターの習慣になっている。
  
  
  約束事も、予定も、何も入っていない白紙のまっさらなレポート用紙の様な1日に
  とてつもない幸福感を感じるのだ。

  
  車やバイクでの大層なお出掛けじゃなくて気軽な自転車に乗り、何処とあてもなく
  散歩するのが、自分にとり、とてもいい気分転換になる。

  
  人によると休日に何もあてがないと、とてつもない寂寥感に見舞われる人もいるそう
だが、
  マスターは反対のタイプだ。

  
  夜、妻と2人での風呂上りのビールと、ビデオの時間。
  それまでの、干したての布団のような幸福感一杯な自由時間だ。 

  
  家を出発した時から例の“トンネル ”が気になっていた。
  
  
  この自転車で軽く走ってものの、30分も
あれば十分に着いてしまうだろう。

  
  まだまだ陽も高い。
 夜なら遠慮するが、真昼のちょっとした探検に丁度いい。 


  
  ぶらぶらと気がつくとそこに向かって出発していた・・・
                              
   
  
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  vol,4 探検


  
 確かに近くまで来ているはずなのだが、なぜか一向に辿り着けない。

 
 おそらくこの辺だろうと行ってみると、住宅街に迷い込んだり・・

 この道しかないかと進んで行くと山の壁面の行き止まりに突き当たったり・・・
 
  思いがけずに散々迷ってしまった。

    
  一体全体、どうなっているんだ ?


 途方に暮れて、かつての自転車置き場近くの洞穴の前で腰を下ろし少し休憩をとる。

 その辺りも久しぶりに見るとすっかり様相が変わり果てていた。

 
 よく注意して見ないとかつては此処にそんな洞穴があっただなんて誰も気にもとめないだろう。

 鎖を張った入口はほとんど埋まってしまっていて、草がぼうぼうで荒れ放題だ。

 陽射しを跳ね返し、真新しかったプールの入口へと続くコンクリートの階段も色褪せて、
 古ぼけた墓石のようにすっかりとくすんでしまっている。

 
 長い年月の間にかつての華やかさがすっかり抜け落ちてしまい、

 いやでも時間の経過を実感させられた。


   『もう諦めて帰ろうか』

 

  ノロノロと重い腰を上げかけた時、もう少しこの先に交番があったのを思い出す。


    『ちょっと変に思われるかもしれないがお巡りさんにでも聞いてみるか』


  
  気を取り直して交番へと向かう。

   
    ・・・・物見遊山な野次馬の背中を朽ち果てた古い洞穴がじっと見送っていた。


  「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが?」

 
  
  「はい。何か?」



    中年の巡査が出迎える。


 
 「この辺りに、刳り抜いたままになっているトンネルが有るって訊いて来たんですが?」


 

  「えぇ・・ そこに何か?」


 
 「いやぁ・ そこのすぐ近くに知り合いがいましてね。そこを目印にと言われたモンですから。」


 
 「はぁ そうですか・・」 



 

 けげんそう顔でこちらを一瞥しながらも地図を広げてくれた。
 探し当てたページを指で押さえてこちらに見せる。


 

 
 「確か、ここのトンネルだと思うんですが、しかしここの近くだと精神病院しかないですがね。
  あなた、そこに何か・・・?」

 

 いい年をした中年男が、自転車に乗って探検ごっこをしていると悟られるのは、
 どうも格好が悪すぎる。 

 とっさに誤魔かそうとするが、どうも胡散臭い目で見られているようでならない。


 
 「判りました。助かりました。じゃあ、これからちょっと行ってみます。」 


 「はい、ごくろうさん。・・・探検かい?」



 「 え!」 


 
 「探検だね。 行ってみてらいい」

 
 「ハイ、すみません 」

 やっぱり相手は人を見るプロだった。

 
  『あぁ・・かっこわるうぅ』

 
 すっかりばれてしまい頭に血が登る思いで交番を後にする。

 恥ずかしい思いを打ち消すようにペダルに力が入る。


 警官に言われたとおりにしばらく走るといつの間にか精神病院の敷地内に入ってしまっていた。


 ここで本当にいいのかなと不安気に思いながら、建物の間の通路を先へと進んでいく。


 しばらく行くと病院の敷地から出てしまい、山の斜面に面した地道になった。

 
  まだ先へと続く地道を行くと
いきなり視界が開け、こじんまりとした運動場に出た。


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  vol,5  異空間

 


 サトル君が言っていた通りの田舎にある小学校のこじんまりしたグランドのような不思議な空間。

 

 人っ子ひとり居なくて、何やら突然に別世界に迷い出たような感覚。


 現実と非現実が混在しているような時間。

 


 そこにそってもっと先へと地道を更に、自転車に乗り進んで行くと、舗装された駐車場に出た。


 
 奥に、上へと続いている朽ち果てた階段があって登山道へと向かう入口が見えている。

 草がぼうぼうに伸び放題で、閉じられたままになっている鉄製の錆び付いた門にも

 伸びてきたツルがまるで生き物のように絡まっている。


 
 この附近は訪れる人もめったにいそうにもなく真昼だというのにジメジメと
暗く、
 古くほりっぱなしになっているゴミ箱から中身が辺りに散乱している。

 

   独特な冷気が一帯に感じられる所だ。 

 
 こんな所にでも隅の方で止めている車内でサボっているサラリーマンが日陰を求めて
 呑気に昼寝をきめこんでいる。 

 
 まだ明るい時間だからまだいいが、真夜中だと
とてもじゃないが遠慮しておきたい場所だ・・・

 
 先へと続く地道を、まだ更に進むと、怪しげなトンネルの入口が段々に見えてきた。


  「あれだ!」



  遂に見つけた。
 大分離れたこちらからでも怪しげな様子が感じられた。



 

  只くりぬいただけのぽっかりあいた巨大な穴。



 ここを抜けた向こう側は普通の車の往来の多い賑やかな通りなんだろう。




  確かに何の為のトンネルなのだろうか?


 
 早速に入り通り抜けようかと頭をかすめるが思いとどまる。

 せっかくだから、トンネルの向こう側からこっちに抜けてみよう。

 なぜか、わざわざ、通りの向こう側まで行ってそちらからこっち側に抜けてみたくなった。

 

 来た道を元通りにぐるりと引き返して、自動車が頻繁に往来する大きな通りまででて

 目的のトンネルの入り口までの道を自転車でひた走る。

 
 かれこれ長時間、陽射しの中を走り続けているが、すでに目的地を発見しているので気が楽である。

 

  約20分ほどかけて、わざわざ向こう側にまで辿り着いた。



 

 ビデオショプの奥の裏側にあたる駐車場を進んで行くと、奥の山の壁面にポッカリと、

 異空間への入口に見えるトンネルの前にようやく立った。


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  vol,6  お遊戯


 

    

   『遂にここまで来たか。』

 

 何時間も追いかけて来て、ようやく獲物を仕留められる大型猫の様な心境になる。

 

 

 ゆっくりと自転車をつきながら入口へと向かう。

 深く息を吸い、内部へと入ってゆく。

 

 

 やはり内部は真っ暗で、上からの水滴がぽたりぽたりと落ち、下の地面がびちゃびちゃする。
 思ったよりも、遥かに涼しくほてった体にむしろ心地がいい。

 

 

   トンネルの長さはさほどでもなさそうだ。

 

 
  何て事もなくしばらく進み、出た後は先程の駐車場で少し休憩でもと
,中ほどまで来た時だった。



 

      《ふぅうう》 


 

 何かに顔を撫でられた気がした。

 まるで蜘蛛の巣に気が着かずに顔に触れてしまった感覚に似ている。

 

 思わず手で顔を擦りながら先へと進もうとした時、今度はツーンと耳がおかしくなった。 

 


   『これはサトル君が言っていたとおりだな』 

 


 

 なぜか高い所でもないのに鼓膜が張り、物音が聞こえなくなり思わず立ち止まって

 しまうが、もう少し先の明るい出口へと体を急がせる。

 


 

  早足で進み続けて、先の出口から外界へと飛び出した。

 


 

 耳も聞こえにくく、暗い所からいきなり明るい所へと出てきたので、

 目が眩んでしまうのも無理はない。

 
 

 
  一瞬意識が薄らいでしまって、しばらくその場に佇んでいた。




  

  それだけでもなく体の感覚が変になったのは気のせいなのか?

 

 

 少し落ち着くとゆっくりと先ほどの駐車場へと向かう。

 水道の蛇口の水で顔を洗いうがいをすると、少し人心地が戻ってきた。

 

 

 陽が大分傾き、風景全体が西日で赤茶けて見える。

 先方の、先程の運動場に目を向けてみるとその付近がぼんやりと、一層セピア色に

 浮かび上がって見える。

 

 

 虚ろに見ていてまったく気付かなかったのだが、いつの間にか小さな子ども達と

 引率の先生が、お遊戯をしているようだ。

 


 

    つい先程に訪れた時は誰も居なかった筈なんだが・・・

 

 

 思いがけずのほのぼのとした懐かしい風景に、つい引き込まれるように

 そちらに足が向いてしまう。

 


 

 先生の号令、子供たちの歓声、何もかも全体がセピア色に染まり作り物の

 絵画の様な風景に、思いがけないノスタルジーに段々と引き込まれると、

 ますます、すぐ近くまで行ってしまった。

 


 
  見覚えのある 体操服・赤帽・白帽・ゴムの運動靴。 何もかもが素朴だ。

 


 

 しかし、なぜか今時の子供たちの格好ではなく、遥か以前に自分達がしていた当時の

 服装に思えるのは気のせいなんだろうか? 

 

 

    近づいてよく見ると、驚いた事に、同じなのは服装だけではなかった!

 

  

  無邪気な子供達の顔ぶれまでが同じに見える。

 

 

 確か、あの子は席が隣のツトム君。体の大きなあいつはガキ大将の金川か。

 隅のあの子は泣き虫のヤヨイちゃん。・・・・どの顔もよく知った顔ばかり。

 

  懐かしさと疑心暗魏が入り乱れ混乱を通り越し浮遊感さえ憶える。 

   

  『 なぜだ? そんな筈はない。 馬鹿な! 』

  

  
 号令をかけている唯一の確かな大人・・

 


 首からホイッスルを下げて、後方を向き、レトロな日よけ帽を被っている中年の女性教師。 

 しばらくし、こちらの気配に気が付いた様子だ。

 まるでスローモーションのようにゆるりとこっちを振り返える。



 


        その顔は・・・

 

 

 遥か遠い記憶の先にはあるが、決して忘れる事も、間違う事もない、紛れもない

 自分が幼稚園の当時の担任の教師。



  

  その当時のそのままの顔である。

 

 

 自分はどんな顔をすればいいか、何を語りかけばいいかなど咄嗟には浮かばず、

 只、今の自分自身と左程変わらない年齢の女性の顔をただ凝視するだけだ。

   

 

   しばらく、目を合わせていると思いがけずも大きな声を掛けられる。



 
 「あなた、いつまでそこの木陰で休んでいるの。気分がよくなったら

早くみんなの輪に戻りなさい。」

 

 

 ぼんやりとした頭の中で、整理がつかぬまま反射的に生返事をすると

 みんなの輪に戻っていく将来のBARのマスターがそこに居た。


                      

                                       



                                          終わり